世田谷保育園戦争(1)

 待機児童数が全国1位の東京都世田谷区で、近隣住民の反対のため、複数の保育園計画がストップしています。いったい何があったのでしょうか。特別編を3回に分けてお伝えします。

 高級住宅地として知られる大田区の田園調布の駅から歩いて10分ほど。幹線道路の環状8号を越えた東側に広がる住宅地の十数軒に、黄色い横断幕が張られています。

 「開設反対!! 住環境の破壊!」「危ない三叉(さんさ)路、坂道、一方通行、ここは保育園には向いていません」「世田谷区は保育園建設を強行しようとしています」

 住所は世田谷区東玉川1丁目。世田谷区を大きく五つの地域に分けたなかの「玉川地域」にあります。このあたりの地価は、1平方メートルあたり約57万円(2016年公示地価)です。

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△保育園の建設予定地。住宅地の真ん中にある 出典:毎日新聞 経済プレミア

 

高級住宅地にはためく黄色の反対横断幕

 世田谷区が保育園を計画しているのは 現在は更地の約500平方メートルの土地。もともとは防衛庁の所有地で、職員宿舎が建っていましたが、防衛庁が宿舎を廃止して財務省に土地を返還し、その土地を世田谷区が借りて保育園を開設する計画です。

 ところが昨年、世田谷区が近隣住民を対象に説明会を開いたところ、一部から「静かな環境を守りたい」など反対の声が上がりました。その結果、予定地近くの十数軒の家に、黄色い横断幕が現れたのです。静かな街だけに、文言の強さが目立ちます。

 反対住民の言い分はおおむね次のようなものです。「送り迎えの交通量が増えて危険だ」「子どもの声や親の立ち話でうるさくなる」「保育園建設で地価が下がるのが心配」−−。反対運動には、閣僚経験者など地域の有力者も参加しています。

 近隣の高齢者にとっては、往来が増え、それまでの静かな環境が一変することへの不安があるのでしょう。そのような不安を解消し、理解を得るための努力は必要です。

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△「保育園落ちたの私だ」と書かれたプラカードを持って国会前に立つ人たち=2016年3月5日、猪飼健史撮影 出典:毎日新聞 経済プレミア

 

保育園開設が遅れると、復帰できず失職する人も

 世田谷区の待機児童数は、今年4月時点で過去最多の1,198人。区は15年度に保育施設の総定員を2,082人増やす計画を立てましたが、周辺住民の合意を得られないなどの理由で5施設の整備が遅れ、定員増は目標の約6割の1,259人にとどまりました。結局、1,198人が認可外施設にも入れず、待機児童になりました。

 世田谷区南部にあり、大田区、目黒区と境を接する「玉川地域」はもともと認可、認証保育園が少ない場所でした。そこにいま、区全体の4分の1にあたる300人もの待機児童がいます。

 保育園問題に詳しい世田谷区議の風間ゆたかさんは「保活中のお母さんたちは、保育施設が少ないこのエリアを『保育園魔の三角地帯』と呼んでいます。多くのお母さんが、開園を待ち望んでいます」と言います。

 区はこうした状態を解消するため、2017年4月時点で定員を約2,200人増やすべく、保育園開設を計画しています。開園が遅れると、働く親は子どもを預けられなくなり、育児休業から仕事に復帰できず、最悪の場合、仕事を失います。

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△出典:2016年3月6日付の毎日新聞東京朝刊

 このエリアに住み、6月に第2子を出産したAさん(30代)はこう言います。

 「来年4月までに保育園ができれば、安心して復職できるかもしれません。保育園を作ることがこんなに難しい時代だなんて。反対している方たちと穏やかに話し合いができるといいなと思います……」

 

ぶつかり合う利害をどう調整するか

 保育園は、果たして住民が考えるような迷惑施設でしょうか。実際のところ、保育園は地域で非常に気を使いながら保育をしています。

 玉川地域の保育園の保育士さんは「昼間音楽の練習をしていたら、電話で苦情が来ます。『夜働いていて昼間寝ているのだから静かにしてほしい』と。園長や保育士が謝って、騒ぎを大きくしないようにしています」と言います。

 また、子どもが園庭で泣いたら、近所から苦情が来る前に急いで室内に連れて行くそうです。幼い子どもの泣き声が耐え難いほどの迷惑行為なら、日本はもはや「子育てができない国」です。

 格差社会、少子高齢化、共働きの増加など、さまざまな要因が問題の背景にあります。高級住宅地の住民にとっては住環境、子どものためには良質な保育、働く親にとっては雇用−−立場によってそれぞれ利害がぶつかります。社会全体で考えなければならな い問題です。

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△予定地周辺の十数軒の家に黄色の反対横断幕 出典:毎日新聞 経済プレミア