アメリカのパルからの手紙に何と返信していいのか悩み

ロンドンのパルに、あなたならどうする?って聞いてみた。

アメリカのパルが手紙で書いていた。

「男性と一緒に暮らすなんて、絶対に無理!

ドラマでも映画でも愛に失望したり、振り回されたりしているのに

なんでみんな男性からの愛を求めるの?

私は”ただ一人の人”からの愛で十分、キリストの!

あなたはどう思う?」

という内容。

彼女が男性への嫌悪感を持っているのは手紙を通して知っていたし、

どちらかというと女性が好きで、

でも、それは敬虔なカトリックの彼女には罪だから

キリストへの愛?と前は勝手に思っていたけれど、

もしかしてのもしかして、本当にキリストだけを愛しているの?

えぇ?!敬虔な信者って、そういうもの?

私はなんて言えばいいの?とわからなくなって、

ロンドンのパルに聞いてみた。

「それはデリケートで複雑な質問ね。」と言っていた。

敬虔ではないカトリックのパルたちと話すようにも話せず、

敬虔なイスラム教のパルたちとも違う、

なんていうんだろう、盲目的な信者って、怖い…と正直、思う。

信じるのは自由だし、思うのも自由。

でも、私に意見を求めるってことは、敬虔なカトリックではない

異教徒で異文化を持つ私の意見を本当に聞きたいってこと?

聞かないほうがいいんじゃない?とロンドンのパルと話した。

知らないからこそ、彼女もその質問をしたんじゃない?と

ロンドンのパルは言っていた。

「私たちも同じような地雷を踏んだのを覚えてる?」と

ロンドンのパルが聞いた。

ええ、覚えてますとも。

宗教も文化も価値観もなんでも語れる私たちにも地雷はある、

”第二次世界大戦”。

彼女の祖父の知り合いがたくさん戦死した、

あれは意味のない戦争だった、

とロンドンのパルは言っただけだったんだけれど

「日本ではもっとたくさんの人が亡くなってるわよ!!」と

私は噛みついた。

数の問題じゃない、戦争の意味を問いたいわけでもない。

あれは悲しい”歴史”だった、というところにロンドンのパルと

辿り着いたのは私たちが長く会話をしてきた結果。

あのとき喧嘩別れしても不思議ではないくらい言い合ったなぁ…。

地雷を見つけて、処理して、妥協点を見つけて、

そうやって友情は育まれるのかもしれない。


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